炭・米問屋を営んでいた初代・小林桝恵美(こばやし ますえみ)が、取引先であったあられ・おかき業の「江戸あられ」の主人が関西に戻ることを期に機械・技術等を引き継ぎました。
そして、現本店所在地にてあられ・おかきの製造元、東京元祖「東あられ」を明治43年(1910年)に創業したのが、現在の「東あられ本鋪」の始まりです。
初代・小林桝恵美が、取引先より引き継いだ「江戸あられ」の更なる発展を期し、江戸を含む東(あずま/西の京都に対する東)として「東あられ」と命名しました。
新潟出身の米問屋を営む小林音蔵の長男として、明治19年に小林桝恵美は誕生しました。
父音蔵が病死後、苦労の末「炭・米問屋」を営み、取引先よりあられ・おかき業の「江戸あられ」を引き継ぎ、「東あられ」として名を改めて創業いたしました。
当店の商品「ますえみ焼き」は、創業者の名をもらいました。

▲初代 小林桝恵美(左端)
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明治43年
東京両国にて初代 小林桝恵美が創業。
・・・家内工業として始まる。
大正12年
9月
関東大震災にて灰燼に帰す。
・・・再び復興し再開する。
昭和16年
「米統制法」により一時休業。
昭和20年
3月
空襲により再び灰燼に帰す。
昭和23年
戦後、同所にて二代 小林美之助が営業再開。
・・・製造卸販売、劇場卸などを手がけ、事業を徐々に拡大。
昭和31年
デパート名店街での直接販売開始。
・・・戦前からの製造卸販売より、百貨店名店街等での製造直接販売に販路変更。
昭和38年
株式会社東あられ本鋪に組織を変更。
・・・事業の拡大、販路の拡大に伴い、個人商店より法人に組織を変更。
昭和46年
事業拡大に伴い千葉県八千代市に工場を移転。
・・・八千代市の工業団地に移転。ゆったりした環境と美味しい水により美味しいあられ・おかきができました。念願の炭で焼いたおかきの製造も開始。
平成 3年
通信販売を開始。
・・・・・・平成2年に搭載した全日空機内食がお客様の評判を呼び、「東一福」の商品名で通信販売を開始し大評判を得る。本店でも販売し地元のお客様のみならず、遠方からのお客様からもご好評を頂く。
東京下町・両国に生まれ育った東あられ本鋪は、
これからも、お客様にこの地でしか味わう事の出来ない商品を買う喜びと、
それを差し上げる誇りを同時に満たして頂くことを目指します。
そして、私たちをお選びいただいたお客様に支えられていることに感謝し、
そのかたがたに全てを満足して頂く事で恩返ししていきたいと願っております。

▲現在の両国本社・本店建物

▲現在の八千代工場





























